大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)36号 判決

審決を取り消すべき事由の存否について検討する。

1 液体有機化合物のフイルムに混合ガスを突き当らせて「顕著な乱流」を生じさせる要件の意義について

成立に争いのない甲第二号証(本件特許公報)および甲第三号証(昭和四四年四月一〇日手続補正書)によれば、本願発明は、液体有機化合物と三酸化硫黄とを反応させることによつて一環性芳香族炭化水素にスルホン基を導入する連続方法に関する技術であつて、その反応条件の一つとして、反応帯域が限定された支持密閉性熱交換表面(補正後の発明においては、フイルムを密接に支持する垂直熱交換表面)上に液体有機化合物のフイルムを形成し、このフイルムに対し一定割合の不活性ガスと三酸化硫黄の加圧された混合ガスを高速度で突き当らせてそこに「顕著な乱流」を生じさせることを構成要件としていることは明らかである(特許請求の範囲の記載参照)。

ところで、成立に争いのない甲第八号証の一ないし三(共立出版株式会社発行、化学大辞典編集委員会編、化学大辞典五八〇頁)によれば、「乱流」なる用語は、流体力学上「層流」に対応する用語として円管内の流体の流れが時間的にも空間的にもきわめて複雑不規則な状態をいうものと一応理解される。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲の記載にあつては、流体のいかなる状態を表現しようとしたのか不明確な「顕著な」という修飾語が付されたことによつて、未だ技術用語として熟していない「顕著な乱流」なる表現になつていることから、本願発明における「前記フイルムに対して前記混合ガスを二〇m/秒以下の高速度において突き当たらせて、そこに顕著な乱流を生じさせ」るとの特許請求の範囲の記載のみによつては、液体有機化合物のフイルムにいかなる状態を実現させることかを明確には理解することができない。したがつて、かかる場合には、さらに「発明の詳細な説明」の記載をも参酌してこの「顕著な乱流」なる記載を合理的に解釈し、その意義を合理的に理解するのが相当である。

そこで、本願明細書(成立に争いのない甲第二号証)における「発明の詳細な説明」の記載を精査するに、そこには次のごとき記述が認められる。すなわち、

(一) 「本発明は洗浄剤と界面活性剤との製造法に広く関するものであり、さらに詳しくは圧力下のノズルから射出される希釈ガスと三酸化イオウとの混合によつて作られた高攪乱の条件下で熱交換反応器の器壁上を流れる有機化合物間のきわめてすみやかなフイルム反応を特徴とする……」(本願特許公報第一頁左欄発明の詳細な説明欄冒頭から六行目)

(二) 「……本発明の重要な目的は三酸化イオウと希釈ガスとの混合物を用いて芳香族化合物の移動フイルム中に顕著な攪乱を起すことを特徴とする……」(同第二頁左欄一九行ないし二一行目)

(三) 「本発明の他の目的は芳香族化合物装てん原料の分子中にスルホン基を導入する方法の提供にあり、この場合攪乱は反応体の一つを運ぶ不活性ガスにより上記原料のフイルム中に引起され、かつこの場合フイルム攪乱は抑制されて減少したフイルム粘度と熱交換とともに本質的に同時に行なわれてスルホン化反応または硫酸化反応の発熱を急速に発散させる。」(同第二頁左欄二五ないし三二行目)

(四) 「本発明のさらに他の目的は……芳香族化合物を導く装置および圧力下で三酸化イオウを含有する不活性ガス媒質を上記フイルムに対して放出し上記反応管の下端から集積される液体スルホン酸または硫酸塩中間生成物を形成するフイルムに顕著な攪乱を引起す装置から成る……」(同第二頁左欄三三行ないし四〇行目)

(五) 「加うるに不活性ガス媒質と三酸化イオウとによる衝突に対して所望の顕著なフイルム攪乱を保証する水準まで上記フイルム粘度を制御可能に減ずるために反応管を取巻く関係にある熱交換手段を特徴とする装置の提供にある。」(同第二頁左欄四三行ないし右欄三行目)

(六) 「上記に示した芳香族化合物の一つのスルホン化は、ここにおいては不活性希釈剤と気化した三酸化イオウとの加圧された流れを上記化合物のフイルムと衝突させて上記化合物の流動フイルムに顕著な攪乱を誘導することによつて行なわれる」(同第三頁左欄八行ないし一二行目)

(七) 「上記芳香族化合物フイルムは希釈され、かつ気化されたスルホン化剤により上記フイルム中の顕著な攪乱と本質的に瞬間的な反応とを生み出す実質的な速度(二〇m/秒以下)で衝突される。」(同第三頁右欄一一行ないし一五行目)

(八) 「ガスノズル31の孔の大きさに関連して、本発明の一つの特徴は高速ガスを衝突させることによつて芳香族炭化水素フイルムに大攪乱すなわち大きな動揺を作ることであることに注意するのは重要である。……スルホン化反応は反応管18のほぼ最初の1ftで本質的に完成させ、おそらくもつとはるかに短い距離内で完成され、したがつて顕著な攪乱はこの帯域に作られるということは高速反応とすみやかな熱交換とを行なう理由から非常に重要である。」(同第五頁右欄四行ないし一四行目)

(九) 「この方法においては炭化水素の流れうるフイルムが反応帯に導入され、上記フイルムはそのフイルムに強烈な攪乱および上記炭化水素と三酸化イオウ―不活性希釈ガスとの親密な混合を引起こすに十分な圧力で三酸化イオウと不活性希釈ガスとの混合物により衝突され、……他方上記フイルムの温度を〇・二秒より小さなガス残留時間の条件下で上記フイルムの粘度が比較的低く所望の強烈な攪乱が行なわれるように十分に高く維持する……」(同第六頁右欄二五行ないし三六行目)

(一〇) 「本方法において三酸化イオウ―希釈ガス混合物とスルホン化されうる有機化合物との間の極度に速い接触すなわち極度に短い接触または極度に短い残留時間が用いられるということを強調するのは重要なことである。」(同第六頁右欄四〇行ないし四四行目)

(一一) 「加圧された三酸化イオウ―不活性ガス混合物は流れつつある炭化水素フイルムに顕著な攪乱すなわち強烈な攪乱を行なわせる唯一の方法であり、しかしこの高攪乱は上記フイルムの制御されて減少された粘度と望ましからざる生成物の形成を防ぐための効果的な熱交換と同時に引起されるということは本発明のもう一つの特徴である。……適用図面の第3図に現われているようにスルホン化されうる芳香族有機化合物のフイルム40は上記室すなわち貯蔵器25と連絡している噴出ノズル29から各反応管18へその上端において導入される。上記フイルムは各反応管18の内壁に沿つて軸方向に下方へ流れ、一般に反応管の上端へ入る直後に上記フイルム40は乾燥空気または窒素またはそれと同種の他のガスの型の不活性ガスと気化した三酸化イオウとの疾風で衝突され、第3図で数40aより幾分誇張した形で示されているように上記フイルム40に強烈な攪乱を引き起す。したがつてスルホン化されうるフイルム40aと衝突ガス41との間に親密な混合が行なわれ、一般に第3図における凡例zで指示された反応帯内で上記スルホン化反応は本質的に完了する。」(同第七頁左欄六行ないし二八行目)

以上、これまで詳細に検討してきた明細書の記述内容に徴すると、そこに「顕著な攪乱」あるいは「強烈な攪乱」、「高攪乱」あるいは「大攪乱」(大きな動揺)というのは、液体フイルムの表面が著しく波立つた状態にすることを意味しているものと理解され、特許請求の範囲における「顕著な乱流」なる表現も、用語の不統一のそしりを免れないとしても結局、右にみた「顕著な攪乱」あるいは「高攪乱」と同じ意義に用いられているものと解するのが合理的である。したがつて、本願発明は、液体芳香族有機化合物フイルムの表面に加圧された三酸化イオウ―不活性ガス混合物を高速度(二〇m/秒以下)で突き当たらせることによつて、液体有機化合物フイルムの表面を顕著に波立せた状態にして親密な混合状態を引き起し、このような反応方法によつて三酸化イオウ―不活性ガス混合物と液体有機化合物とを極めて短時間接触させることを狙いとしているものとみることができる。

また、本願発明における液体有機化合物フイルムの表面に突き当らせる混合ガスの速度および有機化合物フイルムの粘度(温度が低いと粘度が高く、温度が高いと粘度が低い)が有機化合物の表面に顕著な攪乱を作り出すために十分な程度に抑えられていることも前記引用にかかる「発明の詳細な説明」における記述から明らかである。

このように三酸化イオウ―不活性ガス混合物を液体有機化合物フイルムの表面に高速度で衝突させることによつてフイルムの表面を顕著に波立つた状態にして三酸化イオウと有機化合物との反応をすすめようとしたことは本願発明における反応方法の特徴であり、かつ液体有機化合物フイルムの表面に「顕著な乱流」を生じさせるという反応態様を採択することによつて、本願発明は、「従来の方法と比較して改善された生産力と改善された品質の製品と改善された経済性」(本願特許公報第六頁右欄三八行ないし三九行目)を実現しようとしたものとみられる。

2 引用例に開示された有機化合物の硫酸化またはスルホン化方法

成立に争いのない甲第五号証によれば、引用例には、管状反応器を用いて三酸化イオウと有機化合物とを反応させるための連続的方法において(a)不活性ガスによつて液体有機化合物をターバニユラー流とし(b)管状反応器に不活性ガスと二ないし一二容量%の三酸化イオウとの混合物を供給するがそのガス混合物は反応壁と同心の管を通して、しかも前記ターバニユラー流完成点の先で導入されること(c)三酸化イオウが有機化合物と接触する点以降において反応混合物を冷却することを条件とする反応方法が開示されていることが認められる。

(ターバニユラー流について)

引用例における「ターバニユラー流」の意義については引用例自体に「ターバニユラー流は、液体(すなわち、有機化合物)を管を通つて推進させ、管の全内部周辺にわたつて分布し、反応管の軸に沿つた空腔を取り巻く液体環を形成することを意味する(例えば、米国特許第二五二八三二〇号参照。)」との記載(第二欄五七行ないし六二行目、訳文第六頁五行ないし九行目)があり、さらに引用例が参照例として挙げた米国特許第二五二八三二〇号明細書(成立に争いのない甲第七号証)には、次のごとき記載が認められる。すなわち、「後記特許請求の範囲中〝ターバニユラー流〟という表現は、水平な管中を、連続的な流れではあるが管を満すには不十分な量で推進される液体がその縁に沿つて上昇し、管の全周をぬらし、その結果管の内部を取り巻く液体の環を形成するような流動状態を指すものと理解されたい。〝大略ターバニユラー流〟というのは、液体が完全な環を形成するわけではないが、縁に沿つて上昇し、層流状態で同じ管中を同じ量の液体が流れることによつてぬれるよりも実質的に大きな部分の管内周をぬらす状態を指すものと理解されたい。」との記載(第八欄六二行ないし第九欄二行目、訳文第二五頁六行ないし一四行目)がある。

右記載内容からみても、引用例に記載された反応方法におけるターバニユラー流とは、水平な管中を流れる液体が管の縁に沿つて上昇し、管の周壁の全面をぬらし、その結果、空腔を取り巻く管の軸に沿つた流体の環を形成するような流動状態を指し、いわば渦環状流ともいえるものと理解される。しかも、引用例の反応方法にあつては、右の意味の液体有機化合物のターバニユラー流は、ガス混合物(不活性ガスと三酸化イオウ)が液体有機化合物と接触する以前に反応器の別の入口D(別紙図面(二)参照)から導入される駆動用ガスによつてすでにターバニユラー流に確立されているものであつて(甲第五号証第一欄四五行ないし六六行、訳文第二頁七行ないし第三頁六行目参照)、三酸化イオウと不活性ガス(気化用ガス)との混合ガスによつてターバニユラー流が作り出されるものではない。

(引用例の反応方法における混合ガスと液体有機化合物との接触状態について)

引用例の有機化合物と三酸化イオウとの反応方法においては、前叙のごとく、まず駆動用ガスを用いて有機化合物のターバニユラー流を形成したのち、そのターバニユラー流完成点の先で混合ガス(不活性ガスと三酸化イオウ)が反応管と同心の管を通して導入されて液体有機化合物と接触し、反応混合物は三酸化イオウが有機化合物と接触する点以降で冷却されるものである(甲第五号証第一欄四九行ないし五四行、訳文第二頁一〇行ないし一三行目)。そして、反応条件として「同心管を、三酸化イオウ―不活性ガス混合物が円錐状になり管状反応器の周辺にある液体有機化合物と、接触点で円が形成されるような仕方で接触するように正確に調節する必要がある。」との記載(第二欄四行ないし九行、訳文第三頁一三行ないし第四頁一行目)から明らかなごとく、引用例にあつては、混合ガスは液体有機化合物に接触するとあるのみで、引用例全体を精査しても本願発明の反応条件のごとく一定割合の三酸化イオウ―不活性ガス混合物を、スルホン基が導入されるべき有機化合物フイルムに突き当たらせてフイルムの表面に顕著な乱流(表面が著しく波立つた状態)を生じさせることおよびその形成を可能にするために混合ガスの速度やフイルム粘度を調節するような温度制御等に関する配慮があることを認めるに足る記載は見出せない。

3 本願発明と引用例の反応条件の対比

本願発明は、前叙のとおり一定割合の不活性ガスと三酸化イオウの加圧された混合ガスを高速度で粘度調節された液体有機化合物フイルムの表面に突き当たらせて、そこに「顕著な乱流」を生じさせるものであるのに対し、引用例にあつては、駆動用ガスによつて有機化合物のターバニユラー流を形成したのちに、これに混合ガスを接触させるだけであり、しかも前叙のとおり引用例におけるターバニユラー流とは前記説示のごときいわゆる渦環状流を指し、引用例に記載された方法においては、本願発明のごとく液体有機化合物フイルムの表面に顕著な乱流(著しく波立つた状態)を形成するという反応条件が採用されているものとは認められない。

したがつて、右の反応態様の相違は、本願発明と引用例の反応方法における基本的な反応条件に関するものであるから両者の間には反応方法についての技術思想に相違があるものとみるのが相当である。

したがつて、両者の間には反応条件に本質的な相違は認められないとした審決の判断は誤りというべきである。

なお、審決は、本願発明と引用例の反応条件についての右の基本的な相違を看過したうえ、たんに両者の混合ガスの速度、ガスの濃度及び冷却条件等を比較検討しているが、前叙のとおり両者の基本的な反応態様が異る以上、混合ガスの速度などの事項を比較し、数値上重なるものを見出しても意味のあることとは認められない。

以上のとおりであるから、本願発明と引用例の反応方法に関しては本質的な相違がないとの誤つた前提に立つて補正後の発明は特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないものと認められるから、補正却下の判断は妥当であるとし、さらに補正前の発明も特許を受けることができないとした審決は、その余の検討を待つまでもなく違法として取消しを免れない。

よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容する。

〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

補正前の本願発明の要旨

「分子内にスルホン基を導入し得る液体有機化合物と三酸化イオウとを反応させることによつて一環性芳香族炭化水素にスルホン基を導入する連続方法に於て、反応帯域を限定する支持密閉性熱交換表面上に前記有機化合物のフイルムを形成し供給する唯一のガス媒質として不活性ガス対三酸化イオウの容積が五:一乃至五〇:一を含有する不活性ガスと三酸化イオウガスの加圧された混合ガスを形成し、前記熱交換表面によつて形成された密閉反応帯域に前記混合ガスを導入し、前記フイルムに対して前記混合ガスを二〇m/秒以下の高速度に於て突き当たらせて、そこに顕著な乱流を生じさせ並びにスルホン基の前記導入を包含する発熱反応を行なわせ、前記フイルムの粘度を前記の突き当つたガスに前記の顕著な乱流を行なわさせるのに十分低く維持しながら熱交換表面を通して熱を移動させることによつて反応の発熱の少なくとも一部を除去することからなる一環性芳香族炭化水素にスルホン基を導入する連続方法。

補正後の本願発明の要旨

前項記載のうち「支持密閉性熱交換表面」とあるのを「フイルムを密接に支持する垂直熱交換表面」に限定すると共に「密閉反応帯域」とあるのを「限定された反応帯域」に補正

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

図面(一)

<省略>

<省略>

図面(二)

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!